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難思光仏 続3 精神向上のための念仏瞑想と徳川家康

念仏瞑想者、家康の例

徳川家康.jpg

徳川家康は、熱心な念仏瞑想者でアミダ如来様と僧侶のお智慧を頂いて戦国の世を平和な世に変えました。念仏は、古く中国と日本で発展した優れた瞑想の一種です。家康の大成の原因は、2人の僧侶の教えです。家康9~12才頃今川の軍師、禅僧の大原雪斎から兵法・帝王学を学んだことは、他の名将に匹敵することです。

登誉上人 大樹寺.jpg

次ぎに先祖の寺、浄土宗大樹寺の登誉上人が家康および江戸時代の大恩人です。

桶狭間の戦いで織田勢から狙われ、先祖の墓の前で切腹する直前に登誉上人から叱りつけられた。「武士の目的は、*厭離穢土 欣求浄土であり、その菩薩行をせよ。登誉は命をかけて敵からお前の命を守る」

 

と言って僧兵を地域から呼び集め寺内に大勢の兵が居るように見せかけて家康を守り抜き、仏教に基づく帝王学を教え、以後の戦場に持参する白木本尊等を与えました。『野上運海大僧正・野上運外大僧正遺文集』より。この出来事は、弁栄も空外も褒め讃えて口にしていることです。大樹寺のホーム頁を参考にしてください。

 

(おんりえど ごんぐじょうど)」の元の意味は、「現実の世の中は、穢れた世界であるからこの世界を厭い離れ、次生において清浄な仏の国土に生まれることを願い求めること」(往生要集)ですが、

登誉上人の教えは、現世を清浄で平和な国土に変えなさいという意味で、家康もそれを目標にして実行し、3百年の平和な世の元を築きました。

家康の日課念仏筆記1日5万回196x.jpg

家康の日課、念仏の写経祈願15万回です。半日はかかるのでは?もう1つの難行の偉業です。

 

家康の母は、熱心な浄土宗念仏者で家康の幼い頃から念仏に親しむことが出来ました。離婚により家康を人質に渡しても、その愛は、血字写経祈願や好きな菓子送りに形を変えていました。

 

難思光仏 続3 精神向上のための念仏瞑想(五根五力)

 

精神向上のために念仏瞑想を実施するとすれば、最初に注意することは、

私達生物が生まれる前、更に宇宙が生まれる前に宇宙を創造した主、元々から存在した「何か偉大な創造主が確かに存在している」という事を信じることが重要です。

 

学問の内、必ず原因があって結果があると言う科学では、宇宙発生の前の謎は、説けません。科学の上位思考の哲学でも無理です。賢者弁栄の教えの本であればこの謎は解けます。

 

その創造主を欧米では神と言い、東アジアでは色々な名称がありますが、簡単に言えば「如来」と呼んでいます。宗教により呼び方は異なっても中味は同じです。但し、金に執着し、人権を犯し、人をあやめる宗教は本当の宗教ではありません。関わってはなりません。念仏瞑想で見分ける心眼が持てます。

 

始めから無量の寿命の如来が存在し、あらゆるものを生み出し続けています。約138億年前から宇宙が発生し、約46億年前からの地球が歴史的に進化してきたお陰で今の自分が存在するということを、全く疑がわないことが重要です。大先達の弟子田中木叉は、「毛すじ程も疑いを起してはならない」と語っています。全智全能の如来の存在をです。

 

賢者弁栄は、「人生は、修養の学校です。学ぶために弁当を如来が持たせてくださる。宇宙・地球という大舞台を用意してくださる」と言っています。弁当とは、食料です。大舞台とは、太陽というライトに照らされたかけがえの無い地球の大地の山河とかけがえの無い清い空気と水です。それが衣食住につながります。感謝ですね。

 

日々賢者弁栄著の『礼拝(らいはい)()(智慧と慈悲が記してあるお経で感謝の文がある)を称えて言葉に出して感謝すべきですね。そうすると称えた文章の精神が宿り向上します。

 

賢者弁栄や弟子田中木叉が言うには、日常念仏(瞑想)すれば、精神改善の気づきがあると述べています。または、第六感が働くと述べています。「ああー如来様から御育てを受けた」となります。弁栄の教えの重要点は、このお育てをしてくださる、向上させて下さる事です。

 

尚、自分の理性から生む知恵では、行き詰まりが多いです。何か偉大なものや如来様から

お育ての気付きが与えられますとそれが励みとなり、念仏精進の力になり、加速します。

 

賢者弁栄のある有力な弟子は、創造主の神イコール如来については、あらゆるものを創造し生みだすことの創造主の働きに重点を置いていましたが、賢者弁栄は、生んだ後の「御育てが重要です」と語っています。御育てを如来の働きの重要ポイントとしています。如来の深い愛の

 

御育てにより人生の()(しゅ)つまりゴールの如来のお膝元に歩むのです。そして、念仏の日々を過ごしていると、念仏精神が強固なってきて念仏という根が生えたような状態になります。

 

日々人生の問題や課題をよく認識した後、それを潜在意識に入れたままにします。念仏瞑想する時は、それを忘れて宇宙一偉大で尊い如来様の膝元に近づきたい、お会いしたいと目的意識を持って専心に念仏に精進し、自分の心をみがくことが大切です。如来様のお姿に心を定めて三昧に入ります。

 

するとお育ての気付きの解決策や希に智慧が与えられることが起こって来ます。それが励みとなり、智慧発達の力が自分の心に加わって来ます。如来様の慈悲の心も加わってきます。


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